大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1547号 判決

第一審原告

向山隆

右訴訟代理人

小田久蔵

外六名

第一審被告

大山瑛子

右訴訟代理人

黒沢雅寛

主文

1  第一審原告の控訴を棄却する。但し、原判決を次のとおり訂正する。

第一審被告は第一審原告に対し、別紙第一目録(一)記載の土地のうち別紙第二目録④、⑥記載の各建物、⑦記載の金網柵、⑧記載の鉄板柵を収去して、別紙第二図面(1)、(2)、ム、ラ、ナ、m、(3)'、l、h、k、n、j、i、(1)各点を結ぶ直線で囲まれた土地を明け渡せ。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

2  第一審被告の控訴を棄却する。

3  第一審原告が当審において追加した予備的請求原因に基づく請求を棄却し、将来の給付を求める予備的請求にかかる訴を却下する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を第一審被告の、その一を第一審原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件建物等収去土地明渡の第一次的請求の争点

本件土地は、嘉蔵が昭和一五年八月一八日東京都から非堅固建物所有の目的で賃借し、昭和一六年ころ①の建物を建築所有していたこと、同人が昭和二四年八月一八日死亡し、その妻秀と長女の第一審被告とがその遣産を共同相続したが、昭和二六年九月ころ両名の協議により①の建物を秀の所有としたこと、第一審原告が昭和三四年七月二八日東京地方裁判所の強制競売事件における競落許可決定により秀所有の①の建物を競落してその所有権を取得し、昭和三五年三月二五日その所有権移転登記を経由したこと、本件土地中第一審原告主張の部分に第一審被告が第一審原告主張の各建物を所有し、また、金網柵及び鉄板柵を設置し、別紙第一、第二図面(1)、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、フ、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、ツ、ネ、m、(3)'、l、h、k、n、j、i(1)の各点を結ぶ直線で囲まれた範囲の土地部分を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。〈中略〉

本件建物等の収去及び土地明渡に関する第一次請求における主たる争点は、(1)第一審原告が①の建物の競落によりその所有権を取得した当時秀が本件土地の借地権を有しており、右建物の競落に伴い、その所有権に附随して右土地賃借権が全部または一部第一審原告に移転したかどうか、(2)第一審被告による上記本件土地の一部の占有が第一審原告の取得した借地権を侵害しているかどうか、(3)第一審原告はその借地権に基づき第一審被告による右土地部分の占有を排除することができるかどうか、にある。そこで、以下において順次これらの点につき判断する。

二本件建物競落当時における本件土地の利用関係について

〈証拠〉をあわせると、次の事実が認められる。

第一審被告の亡父嘉蔵は、前述のように、昭和一六年一月ころ東京都から本件土地を賃借し、その地上に①の建物を建築所有し、これに居住して本件土地を使用していたが、昭和二四年一〇月一日死亡し、妻秀と子第一審被告がその遺産を共同相続した。しかし第一審被告は、昭和二六年五月ころ、住宅金融公庫から住宅資金の融資を受けて①建物の東側に②の増築前の建物を建築することを計画し、これに関連して同年九月ころ第一審被告と秀の協議により、①の建物の所有権と本件土地の借地権を秀が取得することとするとともに、秀は第一審被告が②の建物敷地に同建物を建築することを承認することとした。そして同月七日、①の建物については第一審被告の共有持分放棄により秀の単独所有とする旨の登記を了し、他方そのころ第一審被告は②の増築前の建物の建築を完成し、同年一二月四日同被告所有建物として保存登記を経由し、更に昭和二八年一一月一六日付で秀の名で東京都に対し相続による借地権承継の届出がなされ、東京都はこれを受理承認した。地代は秀の名で納付されていたが、実質的には第一審被告がこれを負担していた。東京都は、本件土地の一部に第一審被告所有の②建物が存在することを知つていたが、嘉蔵および秀と第一審被告が親子の関係にあることから、第一審被告による右建物敷地の使用を黙認していた。

このように認められ、〈る。〉右認定事実によると、本件土地の借地権は、嘉蔵の死後いつたん秀と第一審被告が共同相続人としてこれを承継したが、その後両名の協議による遣産分割の結果右借地権は地上の①の建物の所有権とともに秀一人に帰属するにいたり、他方第一審被告は秀から本件土地の一部(その範囲については後述)を転借して②の増築前の建物を建築所有し、地主である東京都も一審被告による右土地の一部使用を黙認していたものというべきである。

三本件建物の競落に伴う第一審原告の土地賃借権の承継取得とその範囲について

(一) 第一審原告は、前述のように、①の建物を競落してその所有権を取得したものであるから、右建物の敷地につき秀が有していた前記賃借権もまた、これに伴つて第一審原告に移転したものといわなければならない。問題は、本件土地につき前記二で認定したような転貸借関係が存在する場合に①の建物の競落に伴つて第一審原告が秀から承継取得した右土地賃借権の範囲及びその内容である。

この点につき第一審原告は、右競落当時本件土地の一部に第一審被告の転借権が存し、かつ、同被告所有の建物が存在していても、競落に伴つて第一審原告が取得する土地賃借権は本件土地の全部に及ぶと解すべきであり、仮に借地上に数個の建物が存在する場合においてそのうち一個の建物のみが競売によつて第三者の所有に帰したときは、当該建物の所有使用に必要な範囲の土地の賃借権のみが右第三者に移転すると解すべきであるとしても、それは右各建物がいずれも借地人の所有に属する場合のことであつて、それらの建物が借地人以外の第三者の所有に属し右第三者の建物所有による土地の占有が正当な権原に基づかず、または専ら債務者である前記借地人の土地使用権原に依拠するものにすぎない場合には、右の解釈は妥当しないと主張する。

しかしながら、建物の競売においては、建物自体が競売の対象とされるにとどまり、その敷地に対する債務者の賃借権そのものは競売の対象となるものではなく、建物の競落に伴つて建物所有者が敷地について有する賃借権が建物の競落人に移転するとされるのは、当該建物の所有権がその敷地の使用権と不可分の関係にあり、これと一体をなして一個の財産的価値を形成している点において後者がいわば前者に対して従たる権利としての性質を有しているところから、後者が前者の移転に伴いこれに附随して建物の競落人に移転すると解することが合理的であるからであつて、賃借権そのものの競売の効果としてではないのである。それ故、建物の競落に伴つて競落人に移転すべき従前の建物所有者の土地賃借権も、右の意味において当該建物所有権と一体をなし、これに対する従たる権利としての性格と機能を有する範囲に限られるべく、したがつて当該借地上に他の建物が存在し、債務者の有する土地賃借権がいわばそれぞれの建物のために分割行使され、それぞれの建物所有権と一体をなしているような場合においては、建物の競落に伴つて競落人に移転すべき土地賃借権も、当該建物の所有使用のために使用されている土地の範囲におけるそれに限られ、専ら他の建物の所有使用のために使用されている土地部分に対する賃借権は、依然として債務者のもとにとどまるものと解さなければならない。そしてこの理は、右の他の建物が債務者以外の第三者の所有で、右第三者が土地賃借人である債務者から土地の一部の転貸を受けてその地上に右建物を所有している場合についても妥当すべく、この場合には、債務者所有建物の競売により債務者の土地賃借権がこれに伴つて競落人に移転しても、それは右競落建物所有権と一体をなすと認められる土地の部分のそれに限られ、前記他の建物所有者たる第三者の転借部分についての債務者の土地賃借権はこれに移転することがないのである。

右のとおりであるから、第一審原告が①の建物の競落によつて取得すべき本件土地賃借権の範囲は、専ら右建物の所有使用のために利用されていると認められる部分に対するそれに限られ、第一審被告が前記のように秀から転貸を受けて使用している土地部分には及ばないといわなければならない。〈中略〉

四第一審原告の賃借権に基づく妨害排除請求権について

(一)  第一審原告の第一次的請求は、土地賃借権に基づく妨害排除として建物等の収去と土地の明渡を請求するものであるから、まずこのような賃借権に基づく妨害排除請求権を肯定することができるかどうかを考えるのに、土地賃借人は、一般に、賃借権に基づいて賃貸人である土地所有者に代位してその有する所有権に基づく権原なき占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができるとされているが、当裁判所は、右賃借権者がその賃借権につき登記または建物保護法による対抗力を取得している場合には、あえて右の債権者代位という迂路をとるまでもなく、賃借権自体に基づき自己に対抗しうる権原に基づかない占有者に対して直接その占有の排除の請求をすることができるものと解するのが相当と考える。けだし、このように解してもなんら特段の不都合を生ずることがないのみならず、例えば土地所有者が二重賃貸をした場合や、賃借権の譲渡があり、譲受人がその取得した賃借権につき前記のような対抗力を取得したにもかかわらず未だ賃貸人のこれに対する承諾を得ていないような場合等においては、上記のような解釈をとることによつてのみ賃借権の保護、実現が可能となるのであり、他方これがため特に不当な結果を生ずることもないと考えられるからである。もつとも、右設例の後者の場合においては、賃借権の譲受人は賃貸人にその賃借権を対抗することができないから、右賃貸人及び同人から別に当該土地の占有権原を設定された者に対してはその占有を排除することができないけれども、それ以外の者に対してはかかる妨害排除請求権を否定しなければならない理由はなく、またこれにより第三者の利益を不当に害することとなるとも考えられないのである。

〈後略〉

(中村治朗 石川義夫 高木積夫)

目録、別紙図面〈省略〉

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